匿名広尾
仕事が午後半休だったので、通勤路線の途中駅である広尾で下車し、久しぶりに都立中央図書館へ向かった。
修論を書いているときにはよく行ったけど、最近はめっきり。
有栖川公園を抜けて、園内の西端にある図書館へ。
平日の昼下がり、幼稚園帰りのお子さんとママさんでにぎやかで、池でフナ釣りに勤しむおじさんたちもいつもながらいる。陽気も良い。
図書館では特にあてもなく気の向くまま読書し、少し飽きた頃に外に出た。
隣は麻布運動場なのだが、日の高い頃は年配の方ばかりで埋め尽くされていたそこのテニスコートも、日が落ちると少年少女たちのスポーツクラブの練習場となっている。
所以、ここは麻布、広尾なので、彼ら彼女もそれなりの所得のある家庭の子弟ということになろう。
運動場を抜けた先には、建築中の一軒家があったが、工事の詳細を表わす立て看板は「N様邸」と匿名になっていた。
その手前の道路を、行先も所有者も掲げられていないバスが通り過ぎる。なかには欧米の血をひくと思われる子どもたちが乗っていた。
この界隈には各国の大使館が密集していて、街を歩いていても外国の方とすれ違う頻度が高い。バスに乗っていた彼らはその家族なのかもしれない。
この街では、名が提示されていない分だけ、街を行く彼ら彼女らの外見という表象が、より強くこの街のアイデンティティを印象付ける。道の至るところに立つ警官は、この匿名を守る存在だ。
図書館からの帰りがけ、メトロの駅に向かう途中でマクドナルドに立ち寄った。
私の隣の席でアップルパイを頬張っていた女性が読んでいた本は、不妊の解消に役立つ本だった。
彼女は、これから新たに産み落とすかもしれない命に何と名付けるのだろうか。